私と「保護者とは何か?」の話

adhd 妻 保護者 ADHD嫁のコラム

adhd妻のmaico(マイコ)です。私は生まれた時から毒親の両親に育てられ、小・中・高とクラメートからいじめられ続けた、性暴力サバイバーでもあるアラサーです。20代後半に自分がadhd」だとわかりました。

私と「保護者とは何か?」の話

みなさんにとって 「保護者」とはどんな存在ですか?

 

「母親」、「父親」という言葉がありますが、あなたの保護者は正しい親ですか?

この記事を書いている私、マイコにとって、母親、父親だと今まで思っていた人は、親らしいことをしてくれていた事はあまりなく、心身ともに傷つけてきたり、都合の良い時だけ可愛がってきたり、気分によって私のことを振り回すような人たちでした。

 

両親との思い出を聞かれると、悪いことばかりしか思い浮かびません。

 

母は母なりに私のことを育ててきたと言っていますが、今の年齢になっても、普通の家庭の母親がしてくれるようなことをしてもらった記憶が本当にないのです。

 

ヒトは、「良い記憶」よりも「悪い記憶」の方が頭に強く記憶されてしまうといいます。

 

確かにそうかもしれませんが、毒親の両親が、過去に私にしてきたことを唯一の身内である「妹」に聞いても、

母親も父親も「一般家庭での両親がすること」とはかけ離れたことをしていた

といっています。

 

父親は数度、変わってしまったので、もう過去の記憶と共に大分と頭の中から存在を削除してしまいましたが、実の母親とは未だに繋がっています。

 

この母親の存在が、今の私の人生の「足かせ」になっています。

 

まともな彼氏ができて結婚をし、旦那の両親が「まともな人」だったことで、より自分の母親がおかしな人間だったことを自覚してしまいました。

 

母との決別をしないと 私は本当の意味で良い大人にはなれない…。

本当の意味で幸せになれない……。

そんな言葉を度々、夢の中で反復している自分がいます。

私が本当に幸せになるためにすべきことは…。

実家を出たあとも 度々、私を苦しめた母親。

 

あの時、私はどうすればよかったのか?

何故あの時、あんな風になってしまったのか?

どうしてあんな悲しい思いをしなければいけなかったのか?

 

このブログ記事を皮切りに自分自身の過去と記憶を振り返り、備忘録として記事に書き起こすことで、セルフカウンセリングをしたく、この【ADHD嫁のコラム】を定期的に書いています。

 

これはきっと誰かに聞いてもらいたいのです。

読んでもらいたいのです。

 

私は過去から今まで、

本当に頑張って生きてきた

と強く思っていました。

 

でもなんであんなにツラいことを乗り越えてこなければいけなかったのか、なんでこんなにも頑張る必要があったのかと気が滅入る度に深く考えてしまいます。

 

ですがあんなツラい過去でも、ソレがなければ、今の私もいなかった。

 

他の記事でも書きましたが、私は人生で2度、自分で自分の人生に幕を引こうとしました。

でもできなかったんですよね。

それを「勇気がなかった」と書きたくはありません。

 

あの時、幕を引いていれば、その後のツラい思いは確かにしなくて済んだと思います。

でも今の私は確かに「幸せ」で、「自分の本当の幸せ」に向かって歩いています。

 

これから長い時間が掛かっても、過去の私にあった出来事に私自身がしっかり向き合って
一つずつ処理していかないとと思っています。

ブログを読んでいただいている方がいましたら、「不快な思い」をさせてしまうかもわかりませんが、お付き合いいただけると幸いです。

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