私とADHDの話

adhd 妻 薬 ADHD嫁のコラム

adhd妻のmaico(マイコ)です。私は現在32歳です。幼少から周りの子と「なんか違うな」と思いながら生きてきて、自身がADHDだとハッキリ分かったのが、2016年1月。今から5年半前になりますね。

私とADHDの話

当時の主治医の勧めで「ストラテラ」という薬を飲むことを決め、丸5年間内服していました。

 

最後の一年間の「ストラテラ」は、気分によって、飲んだり飲まなかったりもしましたが、なんだかんだで服用を続けました。

 

ADHDの治療開始から丸5年。

今年1月にストラテラの内服治療を自ら中止しました。

 

私は結婚と共に現在、東京で生活していますが、元々は栃木県に住んでいました。

ADHDの主治医を変えたくなかった為、三ヶ月に一度は地元の栃木に帰省し診察と薬の処方をしてもらっていました。

 

自身のADHDへの自己分析と担当、主治医の見立てでは、「不注意遊星型のADHD」という診断が下っています。

私は、「WAIS法」などキチンと心理検査を行わないまま来てしまったので、「おそらくADHDだろう」ということで今まで治療をしてきました。

 

今まで色々なことに躓いてきた人生ですが、この診断をキッカケに少しずつですが気持ちが晴れ、目の前が明るくなっています。

 

adhdをお持ちの方ならわかってくれると思いますが、過去の私は、

「何故、他の子と違って、色々なことができないんだろう」

と本当に悩み続けていました。

 

大人の発達障害というワードをテレビやメディア、本や雑誌、ネットで見るようになりましたが、私は子供の頃からずっと症状があり、それについて悩み続けていました。

人生の幕を下ろさないで、本当に良かった

自ら考え行動して悩みを解決していく「行動力の化身」みたいな子供もいますが、私は、

「脆弱で卑屈な精神を持ち合わせた子供」

だったので、社会人になってからもソレが手枷足かせになり、なかなか自ら進んで前に進むことができませんでした。

 

私と巡り合ってくれた主治医の先生、今の旦那との縁に本当に感謝しています。

 

明けない夜はない。

 

この言葉が今でも私の心には刺さります。

 

過去に自分で人生に幕を下ろそうとしたことが2回ある私ですが、希望を捨てないで良かったと心から思います。

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