私と子供時代の話

adhd 妻 子供時代 ADHD嫁のコラム

adhd妻のmaico(マイコ)です。今回は私の子供時代のお話をします。adhdの特徴なのか私は「冗談」を冗談と受け取れない子供でした。何気なく友達から言われた「バカ」という言葉も真摯に受け止めてしまい、それで気落ちしてしまうことがたくさんありました。

私と子供時代の話

私が「自分がadhdある」としっかり自覚したのは28歳の時です。

 

改めて子供時代の自分のことを振り返ってみると、恐らく小学生辺りからもうすでにadhdが出ていたんだと思います。

adhdの特徴のおかげで小学生の時から、嫌な思いをたくさんしてきました。

 

周りの友達、先生達から見れば、

協調性のない自分勝手な女の子

と思われていたはずです。

 

ただ小さい頃の私にはそんなことは分かるはずもなく、分からないなりに、

私は他の子たちと何かが違う

と思っていました。

 

周りの子が当たり前のようにできていることが私には難しいことが多々ありました。

そのせいで段々とクラスメートからいじめを受けるようになりました。

 

先生もadhdという病気にはウトかったんだと思います。

 

私のことを、

普通の子とは、何か違うけど…。

と感じていたと思いますが、全部が全部できないわけではないので判断が難しかったんだと思います。

 

adhdの人は分かることだと思いますが、adhdって見た目は「普通の人」と何ら変わらない見た目をしています。

 

少し差別的な言葉使いになってしまい、気分を悪くさせてしまったら申し訳ありません。

 

adhdの場合、一般的には「脳の障害」と位置づけられています。

adhdで問題なのは「思考と行動」なんです。

 

授業内容や宿題など、ヤル気がないわけではないし、覚えていないわけでもないけど、スッポリ内容の一部分が抜け落ちてしまっているんですよね。

小説などの物語でいえば、

物語の一番盛り上がる重要シーンがすっぽり抜け落ちている

といった感じですね。

私と中学から高校時代の話

中学生になると皆、成長期に入りますよね。

 

この頃から私の体もだんだんと女の子から女性の体へと変化していきました。

オシャレへの興味も抱くようになりましたが、毒親のお陰で欲しい服も買ってもらえず、高校生になりバイトも始めましたが、バイト代も全て親に徴収されてしまいました。

 

なんとか強請って洋服を買ってもらうことができましたが、私が選んだ服は友達から、

センスがない

ダサい

と言われ続けてしまいました。

 

その時から、友達複数人からオシャレのアドバイスを受けるようになりました。

 

学校というのは「社会の縮図」と言われてますよね。

 

郷に入れば郷に従え

というように、今の友達たちの意見を聞かなければ、きっと私の居場所はなくなってしまうとこの時の私は無意識に判断したんだと思います。

 

最近になって、高校時代の私服の写真が出てきたことがあり、その写真を旦那に見せてみました。

 

旦那の服装は私から見ても彼の友人から見てもオシャレです。

 

そんな身近なオシャレさんに私の当時の服装を見てもらましたが、開口一番、

maicoの服装は友達が選んだの?嫌がらせレベルでダサいよ?

と言われてしまいました。

 

実際に私の服装を選んでくれた当時の友達の写真と今の友達の写真もタマタマあったので旦那に見せて見ましたが、

失礼だけど、この顔で人の服装をどうこう言う資格ないよ。

大人になってからの服装のチョイスも年齢不相応に地味でなんだかなぁ…。

と言われてしまいました。

 

旦那は中途半端にカラーコーディネートできる人なので、私のパーソナルカラーから私に会うタイプの服の色と形を選んで教えてもらいました。

 

それは私が中学、高校と自分で気に入って選んだことのある色と形だったんです。

あの当時の私の感性は正しかったのだと何十年越しかにやっと認識することができました。

 

あの時、少しの勇気があれば、周りの友達の意見に流されず、自分にもっと自信を持てていたかもしれません。

 

そうしたら学生時代も、もう少し良い思い出が作れていたんじゃないかと今でも悔やまれます。

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